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PARTYはじめました

  • Posted by: nakamura
  • 2011年6月 7日 14:12
  • Work | thoughts

広告代理店の電通を退社して、伊藤直樹、原野守弘、清水幹太、川村真司とともに、新会社「PARTY」を立ち上げました。

ここまで、あまり情報をオープンにできませんでした。
いつもお世話になっているみなさんに何の連絡もできず、不義理をはたらいてしまいました。特に、前の会社の採用のインターンや講義で、ぼくを見て「電通いいな」と思ってくれた、才能ある新卒のみなさん(とくにこの2年間)に「中村やめんのかコラ」と連絡をいただきました。「お前会社好きって言ってたじゃないか」「騙したな」などと誤解をさせてしまっていたら申し訳ないと思い、その誤解も解けたらなと。

で、あらためてご挨拶できればと思い、ちょっと書くことにしました。

(以下の発言は、個人的なもので、PARTYとは何ら関係がありません。また、以前の会社である電通を貶めるような発言はいっさいしていないつもりですが、なにぶん人の感じ方はそれぞれですので、問題ありましたら、ご連絡ください)



●なぜそれまでの会社を離れたいと思ったか

「前の会社を辞めた理由」は...実は、特に理由はありません。というか、最後までやめずに済む方法を模索していました。

ぼくがいた、電通のコミュニケーション・デザイン・センター(CDC)は、広告クリエイティブ(要するに自分のアイデアをカタチにする仕事)がやりたいのなら、日本、いやもしかすると世界最高峰の部署のひとつだと思います。実際、日本の面白いCMや広告キャンペーンは、かなりの量、ここで作られています。クリエイティブだけではなく、あらゆる精鋭が集まったドリームチームです。ぼくはここに3年ほど前に運良くCDCに移籍になり、以降、一流のクリエイティブの人たちと一緒に仕事をすることができました。当時はただのWebオタクだったぼくの仕事の内容も、ちょっと変わってきました。

たとえば、かつては「CMはこう作ることになったから、その内容に従って、一ヶ月でWeb作ってチョ」というふうに受注することが多かったんですが、
「中村くんのWeb面白いので、CMはWebへ導入するように作り替えた」
「つーか、今度は、キャンペーンのスタートから一緒に考えようぜ」
などという、昔では想像もできなかったことが、日常になってきました。
最高の部署で、仕事の枠を広げることができそうでした。

では、何が問題だったのか?

問題は、ぼくのほうにありました。

ぼくは、「テクニカルディレクター」を標榜してきました。周囲の面白いアイデアを、いかに今日のWeb技術に落とし込んでキャンペーンをすごいものにするか、という、プログラミングと技術を、アイデアとコネクトさせて、現場をつくるディレクターです。発端のアイデアがどんなに魅力的でも、テクニカルディレクターがうんこだと、アウトプットはうんこであることが多いです。
ぼくの役回りをできる人間はほかにいなかったので、重宝がられました。
ブイブイ言わせていました。
しかも、運がいいことに、ぼくの発想は、たまたま賞をとりやすかったのです。
まちがってカンヌなんかとったりして、よりブイブイ言わせていました。

ところが、かつてのぼくの守備範囲、すなわち"FlashやPHPを使ったリッチな体験ができる広告サイト"というのは限界がありました。どうやらここ自体、滅びる運命にある、ドロ船だったのです。

 ぼくは、広告キャンペーンで自分が手がけたしごとを、だいたい以下のような指標で数値化しています。

(リーチした人の数 × 回数)×(内容の濃さ)= 広告効果

前者は、具体的な数字で出ます。10000人に3回見られれば、30000パワーです。
後者は、きわめて主観的なものです。「おもしろさ」と同じです。1かもしれませんし、100かもしれない。
後者は、数字にならないので、ビジネス上では割と無視されます。とくに、メディアエージェンシーがそれを前面に押し出すと、商売にならなくなります。

「おもしろさ」ということにおいては、なかなかに自身がありました。何故なら、ぼくのつくるものは、突出してインタラクティブだったからです。インタラクティブは、マジ面白いです。(このへんの話はまた今度...)

それでも、到底CMにはかないません。
たとえば、わかりやすい式にしてみました。

CM    (1000万人 × 5回) × 15パワー = 7億5千万パワー
Web    (50万人 × 1回) × 100パワー = 5千万パワー

 Webの広告キャンペーンで、100万人が知ってるキャンペーンって、なかなかないです。スマッシュヒットでも、たいてい50万とか。ところが、TVCMなら、視聴率1%の枠で流せば、もう100万リーチです。10%の枠で流せば1000万リーチ。
「お前が作ったWebは、CMより10倍、100倍面白いか?」どうかな。10倍くらいは行きたいですけどね。なんせ秒数制限がないんですから。15秒のCMを15パワーの面白さとしたとき、100くらいにしてみました。スペシャルサイトなんて、一回しか訪れないじゃないですか。CMは、5回くらい平気で同じものを見たりする。仮に1000パワーの面白いものを作っても、CMになかなか届くことはないわけです。

「そんなの、わかりきったことだよね」という人がいます。
リーチが少ないのは、Webというメディアの特性ではないか? Webは、URLを自分で見つけに言ったり、バナーをクリックしないと出会わないではないか?

じゃあ、Twitterだったとしたら、どうでしょう。Twitter人口は1億1270万人です。

Twitterの内容の濃さは、「自分の友達がつぶやいていること」という意味で、CMというメディアの比ではないですよね。さらには、骨髄のドナー適合者を瞬時に見つけたり、震災の安否確認で、人々をハッピーにすることもできます。
 Twitterの平均滞在時間は11.8分=708パワーと仮定すると、
 
CM        (1000万人 × 5回) × 15パワー = 7億5千万パワー
Web広告    (50万人 × 1回) × 100パワー = 5千万パワー
Twitter        11,270万×708パワー = 797億9160万パワー

これは、何かの公式ではなく、イメージを数値化したものです。

Facebookは、もっとハンパないことになっていますが、日本人にイメージしやすそうなので、Twitterを引き合いにだしました。単純計算するために、いろいろ簡単にしています。たとえば、フリークエンシー(接触率)。スペシャルサイトなんて1回しか見られない。CMは3〜5回くらいは目に入るかもしれない。Twitterは、毎日のようにアクセスされます。

いいなー、メチャクチャうらやましい。ぼく、なんも人の役に立つことしてないし。
ほんとうは、「インタラクティブであることの面白さ」って、これほどの爆発力があると思うのです。
そして、「Web広告」と「Twitter」の間には、特段差異はありません。......いや、ありますが、「TV番組とTVCM」の差よりは、ぐっと縮まっています。

そして、ぼくはTwitterよりmixiより、もっともっと小さいWebサービスよりも、クリティカルヒットを出してないのに、Web広告という狭い土俵でお山の大将気取りでした。

 「でもWebは、CMよりは各段に面白いっしょ」なんて思ってたら、澤本嘉光さんの作るCMのように、30秒に恐ろしい密度のくだらなさを込めるプロがいたり、仲畑さんに「アデランスは誰でしょう?」などと、さらっとインタラクティブなCM作られたりして。
 実際、「NOW LOADING...」なんてのから始まるスペシャルサイトは、1度か0度しか見ず、ブログやRSSから配信されるニュース、Twitter、Facebook昔でいうとmixiの日記を見ている時間のほうが、よっぽど接触時間長いじゃん、なんてことになってきた。
 で、巷に言われる「情報爆発」 とか、「Webはバカと暇人のもの」などによって、いよいよ「スペシャルサイトなんか誰もみてねんじゃねーの論」が、白日のもとにさらされてきました。これが、ぼくが「ドロ船」と言った意味です。

やばい。ぼくの半生、意味ないかも......。焦り始めました。
無力感と戦いながら、ここ数年を模索していました。

なぜ、広告はこうも嫌われ者なのだろう? FacebookやTwiiterやmixiのようなWebサービスは「好かれ者」ではないか? クライアントだって、一過性で消えてしまう、たいして効果の出ないものなんか、望んでいないはずだ。それに、世の中のイノベーティブな出来事は、だいたいネットが絡んでいる。でも広告というワクでも、Webサービスに近いことはできるはず......じゃあ、なぜぼくはそこまで到達できないのだろう?どこのやり方が悪い?

「目標とする状態」を決め、「それを実際に行えているものと、自分との差」を差し引きして、何が足りてないかを模索しました。
「目標とする状態」はわかるのですが、それができない理由を明確に導きだすことはできませんでした。要するに、広告という名目で、新しい人々の利益やエンターテイメントを創出できること、Nike+みたいなものを発明して、100万人のキャズムを超えて、なおかつ継続的に人を幸せにする、ということがしたいのです。しかし、実際にやっていることは「ま、チョイ面白いweb広告」の範疇を超えられなかった。
できないのは、会社のせいではない。自分は、それまでも、電通になかったことを作ってきた。
海外では、先進的なエージェンシーは、作っている。ないものねだりをしているわけではない。
 
「どうして、できないのだろう?」
 いつもどこかで歯車がズレたり、ツメが甘く、思うようにいきませんでした。

自分のしごとを振り返ると、「スペシャルサイト」を望まれながらも、その枠を超えようとして、なかなかできていない、という苦悩がありありと見えます。

もう32歳です。去年は、うんこももらしました。
電通では、窓側の、ちょっと偉そうなところに「部長」の席があります。
10年後、たいしたことを実現できずに、あの席に座っている姿が、どうやら想像できてしまいました。

仕事中に、急に吐き気をもよおすようになってきました。

......と、そんなとき。
伊藤直樹さんから「一緒にやんない?」と声をかけてもらいました。
数年前から、一緒にできたらいいね、という話は何度かしていましたが、今回、彼の構想にあるメンバーは、ぼくの「どうして、できないのだろう?」という感覚を共有できる人間たちでした。

 伊藤さんは「BIG SHADOW」「LOVE DISTANCE」などメディアニュートラルなアイデアを実現でき、Nike「Run Fwd」では商品そのもののサービスを、キャンペーンとしてつくることに成功しています。川村さんは「日々の音色」「映し鏡」のPVで、クリエーティブの力だけでキャズムを超えています(この言い方どうかと思いますが)。Qantaさん(清水さん)は、上記したほぼすべてをテクニカルディレクションで手がけている、真の天才。ぼくの仕事でも、突出した出来のものは、彼との仕事であることが多い。そして、原野さんは、そんなぼくらの問題意識を理解しつつ、オーガナイズできる、おそらく唯一の人間でした。
そして、彼らは彼らなりに、「どうして?」という忸怩たる思いを、世界の別の場所・状況で共有していました。

ぼくらが徒党を組むことで、なんか変えられるんじゃないか?

......いやいや、お前はただ、「ここではないどこか」を夢見ているだけじゃないの?
  
多くの人に相談しました。恩師や目をかけてくれている次長。特に、電通では澤本さんと岸勇希くんの存在がでかかった。同じクリエーティブで、尊敬でき、実際に仕事を一緒にしていたからです。ぼくの悩みを理解してくれ、数多くの、Webの範疇を超えた仕事の声をかけてくれていたことが、最後までぼくの心を引き止めていました。きっと、彼らと一緒にやっていれば、もっと面白いものを作れるようになるだろう。
しかし、なんというか、ぼくのアウトプットは、彼らの要望に照らし合わせると今イチでしたし、そのくせあまり実現しませんでした。

これはどうやら、ぼくの問題だな。
彼らと一緒にやるにせよ、ぼくがもう一回りイケてる感じにならないとダメだな。
 
たぶん、電通にいた方が、よい仕事が回ってきます。安定しながら上を目指せる最高の職場です。これからの若い電通CRを、彼らと牽引することもできたと思います。
ただ、私のせっかちな性格が、もっと短期間で、組んだことのない才能たちと、もっとチャレンジングな可能性をより早く、多く「まわす」ことを選びました。

雇用制度と、仁義上、「電通を辞める」という形をとらざるを得なかったのは少し残念ですが、袂を分かつわけではないし、今後も一緒にしごとをできれば嬉しいです。

だから、もし新卒で、ぼくの話を聞いて入ってきたひとたちが「なんだ中村、結局電通イヤだったのかよ」と思われたら、それは誤解なんです。あの会社は最高です。

問題は、ぼくのほうだったんです。


>●PARTYはどんなことをやっていく会社なのか

 PARTYの業務内容は、公にリリースしているとおりですが、私のコトバでいうと、「インタラクティブで、世の中をもっとよくしたい」と思っています。......別に、キャズムを超えなくてもいいです(笑)。ちょっとしたことでもいいんです。

たとえば。
開発中の新しいクルマのキャンペーンを依頼されたら、「ありがとう」が言えるクルマをつくりたい。そういう機能を提案したい。いま、ハイブリッドや電気自動車、水素自動車など、エコ競争が激化していますが、もっと気の抜けたことでいいんじゃないか。
 高速道路で、工事渋滞があって、車線を譲ってもらったとき、「ありがとう」ってハザードランプ出しますよね?あれってなんか、テキトーじゃないですか? ちゃんと「ありがとう」っていいたいですぼくは。
尾灯がニッコリウインクしてもいいし、LED表示「あざーっす!」って書いてもいい(これは違法かな)。もっと現実的なのは、ネットに接続されたカーナビ。ジャイロとGPSとネット回線を通して「すれ違い」と「ありがとう信号」をキャッチします。
カーナビの脇にいるペットが「ありがとう!」と言うのかもしれません。

ありがとうが言えるクルマ、できました。
これだけで、けっこう売れてもいいんじゃないかな、と思うんです。
ヘタなWeb広告をうつより、この機能を作って、それをニュースにしたほうが、よっぽど人のためにもなるし、みんなが知りたい情報です。だから、これ、開発費じゃなくて、広告宣伝費で、やっていいんだと思うんです。

きっとこれは、クルマ開発者からすると「すでに考えたことはある」「そんなの意味ない」と、一度通った道のように思えることでしょう。だから、ぼくたちがこういうものを提案するときには、「面白っ!」と、目からウロコが落ちるようなプロトタイプを作る必要があるかな、と思います。

コミュニケーションで、世の中を面白くすれば、勝手にそれが広告になっちゃうんじゃないか、ということです。

海外で、こういうことをいち早くやっているのが、R/GAやAKQAです。
Nike+、Fiat Eco:Drive、Volkswagen Real Racing GTI、Heineken Star Player......。
 
また、たとえば。
いま、テレビCMの視聴率って、昔ながらの方法で計測されています。これに異をとなえるつもりはありません。視聴率の高い番組やCMって、たしかにみんな知ってますし。根拠のある数字です。
ただ、近い将来、ほとんどのテレビがGoogle TVになったら、どうなるでしょう?
簡単に思いつくのは、アドワーズ・アドセンスと同じこと。ある日、テレビがあなたに話しかけます。「●●さん、このお笑い芸人好きだよね?見せてあげるよ!」「最近、冷蔵庫買いたいと思ってない?いいのがあるよ!」と。あなたの好みを知っているテレビが、あなたの好みのCMを選別して流してくれる。テレビに「いいね!」や「+1」をすることで、インタラクティブになり、商品は効率的に売れる。いつか、既存のTVメディアの価値体系が変わるかもしれません。これは、Google TVが台頭したとき、誰でも簡単に想像したことと思います。前の会社では「Googleこわいよー」と戦々恐々としちゃいますが、PARTYでは、逆に、これを使った効果的なコミュニケーションを設計するシステムを提案したいです。単なるリコメンダーって、なんだか怖いですもんね。もっとフィジカルなコミュニケーションじゃないと。

ヒトの生活は、デザインの力で、すんごくよくなってきた。
これからは、インタラクティブの力で、もっと面白くなっていくはず。

...そんなことをやいのいの言って、集まっているのがPARTYです。
ヒトを幸せにできるのなら、作ってるほうも、自然とみんな、楽しくなる。
正直言って、こんなことできるかわかりません。でも、たぶん、できると思うんですよね。伊藤さんも「とりあえず集まってみない?ぼくらが集まればできるんじゃないの?」くらいの、けっこう適当なノリです。そんな、同じ方向を向いた面白い人間たちが、たいした策略もなく(笑)、一緒になって力を合わせようぜ、と言っている姿を見て、ドラクエのパーティーみたいだな、と思いました。

「楽しく集う」と、「別の個性を持った人が、一つの目的で徒党を組む」。
PARTYという社名は、そんなふたつの意味でつけました。

......などといいつつ、全然仕事にならないかもしれません。「5人全員クリエイティブディレクターが、みんなで考えます」などという業態で、食べていけている会社は、まだ日本にないからです。社長はどっしり構えてますが、ぼくは焦りまくりです。でも30過ぎたので、焦りすぎないで、びしっとやりたいと思います。

中村勇吾さんにPARTYの話をしたとき、「thaは、まずは3年の命だと思って仕事をした」という話を聞きました。結果、もちろんthaは3年たって下火になることはなく、新しい社屋にも移って、どんどんかっこよくなっています。「FRAMED」とか、やばいですよね。

ぼくらは、常に死と隣り合わせにいるんです。チンタラやってるヒマはありません。

会社を立ち上げるとき、PARTYの5人で、伊勢神宮に祈祷に行きました。
ぼくは、「会社が長く存続するように」とは祈りませんでした。
どう祈ったかは、実現できなかったら恥ずかしいので、まだナイショです。

いま、少しでも空いた時間を使って、ロンドンに留学に行っています。たった一ヶ月半の強行軍。PARTYは、ほとんどの人が英語ペラペーラだからです。やばい。TOEIC505点取ってる場合じゃありません。
 
そんなわけで、今後とも、ひとつよろしくおねがいいたします。


Comments:1

r 2014年10月10日 15:08

興味深く読ませて頂きました。
ただ、私がアナログ人間だからかもしれませんが、例えば車のハザードランプで「ありがとう」を言われても、あまり嬉しくありません。
だってそれは、所詮「機械が言っている」から。
生身の人間が、ほんとに感謝の心でありがとう、と言っているなら嬉しくもなりますが、単に車にありがとう、と「言わせている」だけで、本当に、嬉しい。と思えるでしょうか??それはただの信号と思えます。
水を差すようですみません。
でも、なんとなくアイディアが軽い、印象は受けてしまいました。軽いハッピーにはなるけど、なんだか薄い、感動というか。
そんな単純な機能で簡単に幸福にはなれないと思います。

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